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『毎日かあさん』に武蔵野市が苦情

たまには記事書こう、と思いつつニュース眺めてたら、こんなんが。

「毎日かあさん」論争、表現の自由か教育的配慮か(読売新聞)
文化庁メディア芸術祭賞を受賞した漫画「毎日かあさん」を巡り、作者の漫画家西原(さいばら)理恵子さん(40)と東京・武蔵野市の間で論争が起きている。
西原さんの長男(8)が通う同市立小学校が、西原さんに「学校を作品の舞台にしないでほしい」と申し入れたためだ。
「表現の自由への圧力」と抗議する西原さんに対し、市側も「正当な教育的配慮」と譲らない。双方が文書で主張を繰り返す事態となっており、9月2日の同市議会でも取り上げられる予定だ。(略)
…んー。
「毎日かあさん」といっても、毎日新聞読んでない人にはわかんないと思うので、
MSN-Mainichi INTERACTIVE 毎日かあさん
こんなやつです。こんなかんじで、バカガキをバカガキだと言いながらも愛のあるかんじに描いてあんですよ、毎回。
実名がわかるカタチで出てきた記憶はないし、少なくとも第三者には個人を特定することは不可能(同級生の保護者間ではわかるだろうけど)。
バカだなんだとは描いても、別に中傷する論調での描かれ方ではないんですよね。

ワケわからん。

まぁ、「五大バカ」の親に直接苦情言われたというなら、西原さんは配慮する必要があると思うわけですよ。それは。
いくら表現の自由といっても、当事者に苦情を言われたら、それは考慮すべきだし、それこそ「教育上の配慮」をしないとない。
しかし、これ、学校側が勝手にヒスってるだけだろ。
例えば描かれた保護者が学校を通じて正式なカタチで抗議・苦情を言ってきた、とかいうならわかる。しかし、そういう話は一切書かれてない。読売が書いてないってことは、実際にも無いのだろう。
伝家の宝刀「教育上の配慮」「プライバシー保護」。当人が言ったらそりゃ配慮しないとないが、外野が先走って言うのは?
大体「五大バカ」ってのはたぶん保護者間での呼び方(暗黙の了解)が先で、西原さんが勝手に独断と偏見で命名したわけじゃなかろうし、あくまで愛のある愛称に過ぎないでしょう。
「もー、また服ドロだらけにして、バカなんだからー」とかいうニュアンスの「バカ」であって、「テストで100点取れないような子はご飯抜きです、このバカが」というようなニュアンスの「バカ」ではない。
少なくとも「毎日かあさん」の全体の方向性として「別に勉強なんて出来んでもいいよ」という雰囲気なので、勉強が出来ないという意味の「バカ」であっても、それが即効で中傷的な意味だとは読者は思わないだろう。
読んでればわかる。

『作品中に『武蔵野市』の固有名詞もあり、児童の人権に教育的配慮を求めることは当然』。
じゃあ「武蔵野」という名称を使わなければいいのか?(笑)。学校が言ってるのはそういうことだよな。
具体性がない。ただの保身。
読んだらフィクション(誇大表現)であることは簡単にわかる。

『学校には不特定多数の児童がおり、配慮するのは当然だと思う』。
多数の子供が居るから、外野には誰のことだかサッパリわからん(特定不可能)わけだが。
もし武蔵野に市立学校が一つしかなく、生徒が10人くらいしかいないなら特定可能だから大問題だけど。武蔵野ってそんな過疎地だっけ?(笑)。

『父母の一部から「学校とトラブルを起こすならPTA活動に参加しないでほしい」と告げられたのを機に』とあるので、まぁ保護者の間にも「気にいらん」という人はいるんだろう。
いくら少子化といったって百人単位で人が集まってんだから、気にくわんとかなんとかいう人が出てくるのは当然だし仕方ない。
しかし、それはそれ、これはこれってやつですよ。
一律にバカがいかんだのなんだの言葉狩りするのは話にならんし、「子供は誉めて育てるもの。一言たりともバカとかいっちゃいけません!」なんてのは笑ってしまう。それこそ「女王の教室」でも見たほうがいい。
日本テレビのほうがよほど「教育上の配慮」を欠いてますよ?

追記
忘れてましたが、西原さんのサイトでこの件に関して「声明」が掲載されてます。
鳥頭の城/Saibara Riezo Official Site

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